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福岡地方裁判所 昭和51年(行ウ)9号 判決 1980年3月13日

原告 {雨鶴}野正雄 外四名

被告 筑後市長 国

訴訟代理人 岩渕正紀 古川悌二 武田正彦 菅祝久 外五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告筑後市長が福岡県知事に対し、昭和四九年度農業委員会の委員及び職員に関する経費のうち金一、八三三万九、四〇〇円につき補助金交付申請を怠つたことが違法であることを確認する。

2  被告国は、筑後市に対し、金一、八三三万九、四〇〇円及びこれらに対する昭和五一年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言(第2項につき)。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らはいずれも肩書地に住居を有する福岡県筑後市の住民である。

2(一)  筑後市は、昭和四九年度の筑後市農業委員会の委員及び職員に要する経費(以下本件経費という。なお、一般的に農業委員会の委員及び職員に要する経費の略称としても使用する。)について合計金二、一一七万五、四〇〇円を支出した。

(二)  その後昭和五〇年四月二二日、筑後市は福岡県より本件経費に対する補助金として金二八三万六、〇〇〇円を受領した。

3(一)  農業委員会は国が、農業の振興を計る目的のための重要な機関として市町村にその設置を義務付けたものである。

(二)  このため、国の政策の根幹に係る農業委員会の設置運営について地方財政法一〇条一二号により農業委員会に要する経費は、これを国が全部又は一部を負担する旨を定め、その負担割合については同法一一条に基づき、農業委員会等に関する法律二条一項一号が、農業委員会の委員及び職員に関する経費は、国がこれを負担する旨定めている。

(三)  これは地方財政法二条の趣旨に照し、農業委員会に要する種々の経費中、農業委員会の委員及び職員に要する経費については、すべて国が負担するものとしたものである。

4  しかるに、被告筑後市長は、昭和五〇年二月二〇日付筑農委第六六号「昭和四九年度農業委員会補助金交付申請書」をもつて福岡県知事に申請した申請(以下本件申請行為という。)によれば、本件経費の約一割に相当する金二八三万六、〇〇〇円のみを請求しているにすぎず、残額金一、八三三万九、四〇〇円についての補助金交付申請をしていない。

5  被告筑後市長が、右のとおり本件経費のうち金一、八三三万九、四〇〇円につき補助金交付申請をしないのは、違法に筑後市の財産の管理を怠つているものである。

6  そこで原告らは、本件申請行為は違法であり、被告筑後市長は改めて申請手続を行うべきであるとして、昭和五一年三月三〇日筑後市監査委員に対し監査請求をしたが、同年五月二八日、右監査請求は棄却された。

7  しかし、原告らは右監査結果には不服であるから、地方自治法二四二条の二第一項三号に基づき、被告筑後市長に対し、同被告が前述の補助金交付申請を怠つていることの違法確認を求める。

8  また、原告らは、筑後市が被告国に対し有する次の請求権を地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき被告国に対し請求する。

(一) 筑後市は、地方財政法及び農業委員会等に関する法律の規定に基づき、本件経費の全額についてこれを国に対し請求する権利を有する。

すなわち、農業委員会に要する経費は、被告国がその全部又は一部を負担する経費であり(地方財政法一〇条)その負担すべき経費の種目、算定基準及び負担割合については、法律又は政令で定めなければならないところ(同法一一条)農業委員会等に関する法律二条一項は、国は農業委員会の委員及び職員に要する経費を負担すべきことを定めているのみで、その算定基準及び負担割合について定める具体的な法律または政令はない。

このような場合、被告国は実支出額全額を負担する義務を負つていると解される。

ところで、憲法九四条は「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、……」と定め、自治体に財政権を付与している。これは憲法上の権利であり最大限に尊重しなければならない。

この自治体財政権尊重の趣旨からすれば、法律が単に、国が経費の全部、又は一部を負担すると定めるのみで負担割合等について定めない場合は、その不利益を自治体に転嫁してはならないのであつて実支出額を負担すべきものと解される。

その実体法上の根拠は、地方財政法二条、一〇条、一一条、農業委員会等に関する法律二条一項である。

これに対しては、地方財政法は抽象的な規定であつて、同法は国の具体的負担金支払義務まで定めたものではないとの反論があるかもしれない。

しかし、同法は、地方財政に関する基本原則を定めたものであるが、それにとどまらず具体的な権利義務を定めたものである。同法九条、一〇条の四は国の全額負担の義務を定めているが、この規定により他の法律又は政令の定めを待たず被告国に実支出額全額の負担割合が生ずることは明らかであり、同法は、実体的権利関係も定めたものである。同様に同法一〇条及び一一条も解釈により定まつた実支出額の一定割合、又は全部を負担する根拠となると解される。

以上のとおり、被告国は、本件経費金二、一一七万五、四〇〇円の全額を負担すべきものであり、筑後市はこれを被告国に請求する権利を有するから、すでに交付された金二八三万六、〇〇〇円を控除した残額金一、八三三万九、四〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告国に送達された日の翌日である昭和五一年七月一三日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を筑後市に代位して請求する。

(二) 仮に右請求権が認められないとしても、被告国は、何らの法律上の原因なくして前記金一、八三三万九、四〇〇円を筑後市に負担させ、その結果、右金員を利得しているものであるから、筑後市は被告国に対し不当利得請求権を有している。

(三) 仮に右請求権が認められないとしても、被告国は違法な行政措置により被告筑後市長に対し、本件経費のうちわずか一割程度の金二八三万六、〇〇〇円についてのみ補助金交付申請をなさしめ、その結果筑後市に金一、八三三万九、四〇〇円の損害を蒙らせたもので、かかる被告国の行為は不法行為に該当するものであるから、筑後市は被告国に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

すなわち、本件経費について、筑後市が実際に支出した額の約一割程度にすぎない低額な負担金が算定されること自体が違法である。

まず、地方財政法一〇条一二号によれば「農業委員会に要する経費」は国が全部又は一部を負担することになつているがその経費の種目、算定基準、負担すべき割合については、同法一一条が「法律又は政令で定めなければならない」と規定している。ところが、この算定基準及び負担割合については、農業委員会等に関する法律二条一項が、国は「農業委員会の委員及び職員に要する経費」を「毎年度予算の範囲内において……負担する」と規定しているのみで、他に、具体的に規定している法律又は政令は存在していない。

しかるに、被告国はかかる立法措置の不備を放置したまま、本件経費にかかる負担金の交付手続きについて間接補助方式を採用し、被告国が直接市町村に交付することとせず、被告国は県に対して交付し、県が各市町村へ交付する仕組みとしたうえ、被告国の各県への交付事務を各管轄地方農政局長に委任して各県への交付額の決定も地方農政局長になさしめ、さらに、各市町村への交付額の決定は各県において算定させている。

これは事実上、本件経費の負担割合を各地方農政局長及び各県が定めることと同じ結果となつているのであり、明らかに地方財政法一一条に違反しているものである。

さらに、被告国の算定する負担金の額があまりにも低額であることは、それが各市町村の超過負担の原因となつて地方財政を圧迫していることからして、「国は、地方財政の自主的な且つ健全な運営を助長することに努め、……地方公共団体に負担を転嫁するような施策を行つてはならない」と定める地方財政法二条二項に違反していることが明らかである。

また、負担金が算定される前提として当然に算定基準が必要と考えられるが、前記のごとく地方財政法一一条の規定にもかかわらず算定基準を定める法律ないし政令はない。しかし、被告国は事実上何らかの算定基準を基礎としていることは明らかであるが、毎年度の負担金の額があまりにも低額であることからみて、算定基準が現実を無視した不当なものであることは明白である。

したがつて、かかる不当な算定基準を基礎として低額の負担金額を算定することは、負担金等の額は、「地方公共団体が当該国の支出金に係る事務を行うために必要で且つ充分な金額を基礎として、これを算定しなければならない」と定める地方財政法一八条に違反するものである。もちろん、本件経費にかかる被告国の負担額が実支出額の約一割にすぎない以上、それが農業委員会事務を行うために必要かつ充分な金額でないことは言うまでもない。

また、被告国は前記のとおりの不合理な負担金額を内示し、その内示に従わせるという不当な行政指導を行うことによつて、筑後市に低額な負担金の交付申請を強要している点が違法である。

すなわち、本件経費についてみると、被告国が負担金を支出するについては、まず、県に対し地方農政局長をして、県が交付申請すべき金額を内示し、内示額に応じた金額につき交付決定をなし、さらに、各市町村に対しては県をして各市町村が交付決定をしているのである。

本来、内示は何ら法的拘束力は有しない事実上の行為であるべきものである。しかるに、被告国は、内示額以上の金額を記載した交付申請書は窓口で受けつけない、さらには、あえて内示に従わない場合は特別交付税を減額する。あるいは他の補助金を減額する等の方法によつて地方自治体をして被告国の不合理な内示に従うよう強要しているのである。

かかる実態からすれば、右のごとき国の内示による行政指導は、地方自治を保障する憲法の趣旨にも反するものであり、いやしくも国が地方財政の自律性をそこなうような施策を行つてはならないと定める地方財政法二条二項に違反するものである。

以上の諸点からして、被告国の行為は違法であり、不法行為に該当するものである。

二  請求の原因に対する被告筑後市長の答弁

1  請求原因1、同2の事実はいずれも認める。

2  同3のうち(一)、(二)の事実は認め、(三)は争う。

3  同4の事実は認める。

4  同5は争う。

5  同6の事実は認める。

6  同7は争う。

原告ら主張にかかる本件経費については、国が常にその全部を負担するものではなく、毎年度予算の範囲内においてその全部又は一部を負担することとされているにすぎず、恒常的に一定の負担割合が定められているものではない。

被告筑後市長としては、本件補助金の交付申請にあたり、福岡県知事の内示をもつて国の予算執行上筑後市が交付を受けうる限度額と考え、右内示額と同額を交付申請の額としたものである。

三  請求原因に対する被告国の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は知らない。同2(二)の事実は認める。

3  同3(一)の事実は認める。同3(二)のうち、法規の存在は認める。

ただし国の負担は「毎年度の予算の範囲内において」である。同3(三)は争う。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は争う。

6  同6の事実は認める。

7  同8(一)につき、筑後市が被告国に対し、原告ら主張のような請求権を有することは争う。

同8(二)の事実は否認する。

同8(三)につき、被告国の行政措置が違法であり、不法行為に該当するとの主張は争う。

四  被告国の主張

1  地方財政法等の規定に基づく請求について

(一) 地方自治法二四二条の二第一項四号によれば、住民訴訟による代位の対象となる実体法上の請求権は、法律関係不存在確認請求権、損害賠償請求権、不当利得返還請求権、原状回復請求権及び妨害排除請求権の五種類に限られているところ、原告ら主張のごとき請求権は仮にそれが存するとしても、地方自治法の前記条項に規定する請求に該当しないことが明らかであり、したがつて、原告らの請求は、代位の対象にならない請求権に基づく失当なものである。

(二) 本請求は、筑後市が国に対して有する具体的な請求権の存在を前提とするものではないから、それ自体失当である。

地方財政法は、一〇条において、国が農業委員会に要する経費の全部又は一部を負担する旨規定しているが、(同条一二号)、右規定は、国の財政との負担関係に関する基本原則を抽象的に定めたものにすぎないから、右一〇条の規定を根拠として当該地方公共団体が国に対して補助金等を請求し得る具体的な請求権を有するとすることはできない。

また、原告らは、農業委員会等に関する法律二条の規定をも根拠として市町村の国に対する具体的な請求権が発生する旨主張するけれども、やはり、それ自体失当としなければならない。すなわち、同法(昭和五一年法律第六五号による改正前のもの)二条は、農業委員会の委員及び職員に要する経費につき、単に「毎年度予算の範囲内において……負担する。」と規定しているにとどまるので、その規定の仕方に照らし、同条は、所管行政庁の判断を経た上ではじめて具体的な国の負担額が確定し、これによつて国に対する具体的請求権が発生することを当然の前提としていることは明らかである。そして、国は補助金等の交付について一般的に通用される法律として、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下補助金等適正化法という。)を制定し、国が国以外の者に交付する補助金、負担金、利子補給金等を一括して「補助金等」と定義した上、「補助金等」の交付は同法の定めるところに従い交付申請に基づく交付決定によるべきものとしている(同法五条、六条)。これは各個別の法令において用いられている「負担する」、「補助する」等の文言のいかんにかかわらず、当該法令に具体的な特別の定めがない限り、補助金等適正化法六条の交付決定によつてはじめて具体的な補助金等請求権が発生することを意味するものにほかならないのである。

したがつて、農業委員会等に関する法律二条が国は予算の範囲内において本件経費を負担する旨規定しているとしても、これのみによつては、原告らの請求に係る金員について、補助金等適正化法六条による交付決定がなされている以上、具体的な請求権が発生するものとすることはできないのであるから、原告らの前記主張はそれ自体理由がないものといわなければならない。

2  不当利得請求について

右に述べたように、具体的な補助金等請求権は交付決定という行政処分を介してはじめて成立するものとされているのであるから、交付申請がなされず、交付決定がなされていない以上、国は具体的な補助金等支払義務を負つているわけではなく、したがつて、国が単に事実上補助金等の支出をしなかつたことについて、国の不当利得が成立するいわれはない。

右の場合に、補助金等相当額につき直ちに不当利得として国に対し返還を請求し得るものとすれば、補助金等請求権の成立につき、行政庁の判断行為(行政処分)を介在させるべきものとする補助金等適正化法の建前は完全に没却されることになり、交付決定なくして補助金等請求権が発生するとの見解を採つた場合と何ら選ぶところがないこととなるであろう。

よつて、原告らの不当利得返還請求に係る主張も失当である。

3  損害賠償請求について

(一) 監査請求の不存在

原告らの本件監査請求は、被告筑後市長が被告国に対し不当利得の返還を請求しないこと、及び被告筑後市長が法令に定める負担割合に従つた、本件経費の実額に基づく再交付申請手続をしないことをもつて「怠る事実」としている。これに対して損害賠償請求は、被告国が不当な行政指導によつて低額な負担金に係る交付申請を強要したことを理由とする不法行為に基づくものであるが、これは、右監査請求に係る主張事実とは、基本的に別個の事実を構成するものといわなければならない。

よつて、本訴請求の損害賠償請求に係る部分は、いまだ地方自治法二四二条所定の監査請求を経ていないものとして不適法である。

(二) 原告らの損害賠償請求がいかなる具体的な権利利益の侵害を主張してなされているものかは必ずしも明確ではないけれども原告らの主張全体の趣旨に照らせば、筑後市が被告国に対して有するとする本件経費についての補助金等請求権の侵害を主張しているものと解さざるをえない。

しかし、右の補助金等請求権なるものは、補助金等適正化法五条及び六条の規定による補助金の交付決定によりはじめて具体的請求権として発生するものであるから、この交付決定がなされていない以上、筑後市がその有する具体的な権利利益を侵害されるいわれはなく、原告らが構成し主張する前記損害賠償請求はそれ自体理由がないものといわなければならない。

五  原告らの被告国の主張に対する反論

1  被告国は、補助金等適正化法六条の交付決定がない以上筑後市は、被告国に対して具体的な請求権を有しない旨主張するが被告国の負担金支払義務は、実体法規の要求を具備したときに当然発生するものであつて、交付決定があつて発生するものではない。

補助金等適正化法の立法目的は、従来補助金等について、不正申請不正使用があつたところから、これを防止するため補助金等の交付について各種の規制や罰則を設けるところにあり、負担金請求権の発生要件に変更を加えるなど、国庫負担金制度の基本を変更しようとするものではない。負担金は、地方自治体に対し国がその責任において負担すべき義務費であつてその支払につき国に裁量の余地はない。それゆえ、負担金について定めた地方財政法、各法律、それにもとづく政令によつて、負担区分が一義的に定められているのである。

したがつて、補助金等適正化法六条の交付決定は、客観的債務を形式的に確認する行為にすぎず、交付決定がないからといつて、すでに客観的に発生している全体的な債権債務関係が影響を受けるものではない。

なお、補助金等適正化法は、「補助金等」として、補助金と、負担金とを一括して規定しているが、補助金については、交付決定によつて国の支払義務が発生するとしても、負担金について同様に解する余地はない。何故なら、負担金は、実体法によりその支出が義務づけられているのに対し、補助金は、被告国がその施策を行なうため特別の必要があると認めるとき又は地方公共団体の財政上、特別の必要があるときに限り交付することが出来る(地方財政法第一六条)とされ、支出しなくてもよいものであつて、両者は、その本質を異にするからである。

2  監査請求不存在との主張について

本件監査請求は、被告筑後市長が本件経費の全額につき補助金交付申請をしないことをもつて「怠る事実」とし、右怠る事実によつて同市がこうむつた損害(右の損失分)を補填するために必要な措置として、被告国に対する不当利得返還請求ないし再交付申請という措置を講ずるよう請求しているものである。

一方、本訴損害賠償に係る請求は、損害補填のための「必要な措置」の一方法として、不法行為にもとづく損害賠償請求を主張しているにすぎないものであつて、その前提となつている「怠る事実」は監査請求の対象であつた「怠る事実」と全く同一である。

それゆえ、本件損害賠償請求の訴が監査請求を経ていない訴であるとの被告国の主張は失当である。

第三証拠<省略>

理由

一  被告筑後市長に対する請求について

1  原告らがいずれも福岡県筑後市の住民であること、筑後市は、農業委員会の委員及び職員に要する経費(本件経費)につき昭和四九年度に金二、一一七万五、四〇〇円を支出したが、被告筑後市長は、福岡県知事に対し右経費のうち金二八三万六、〇〇〇円のみにつき補助金交付申請をなし、同金額を受領したが、残額金一、八三三万九、四〇〇円については補助金交付申請をしていないこと、及び原告らがその主張のとおり監査請求を経たことは、当事者間に争いがない。

そして、被告筑後市長が昭和四九年度分の補助金を受領した経過につき、右当事者間に争いのない事実、いずれも成立に争いのない甲第三号証の一、二、第四、五号証、第一八号証の二ないし四、第一九号証の一ないし一二、乙第一号証、丙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  農業委員会等に関する法律(ただし昭和五一年法律第六五号による改正前のもの。以下同じ。)二条一項によれば、国は毎年予算の範囲内において、農業委員会の委員及び職員に要する経費(本件経費)を負担するものと規定されているが、その負担の仕組みについての具体的な規定を置いていないので、実際にどのような形で国が負担するかは、所管行政庁の行政的裁量にゆだねられているものとして、農林大臣は、農業委員会等補助金交付要網(昭和三八年四月一日付、三八農政A第五六四号、農林事務次官依命通達)を定めている。

右要綱によれば、本件経費は、毎年度の国の歳出予算において都道府県農業会議の経費等と一括して〔目〕「農業委員会費補助金」に計上され、その交付手続については間接補助方式がとられ、国が直接市町村に交付するのではなく、都道府県を通じて交付されることになつている。

農業委員会費補助金は、農林大臣の委任をうけた各地方農政局長(九州全県については九州農政局長)が国から各県への交付事務を処理し(昭和三八年五月一日農林省告示第五五二号)、各県への交付額を決定する。そして福岡県は各市町村への交付額を決定し、その交付手続は福岡県農業委員会補助金交付規程(昭和四一年八月二日付、福岡県告示第六一一号)によつてなされている。

(二)  本件で問題となつている筑後市の昭和四九年度分本件経費も右のような手続によつて、交付されたものである。

すなわち、国の昭和四九年度予算において、本件経費は〔目〕「農業委員会費補助金」に計上され、うち本件経費の総額は、金六二億五、三二一万九、〇〇〇円であつたが、福岡県知事は、九州農政局長に対し、昭和四九年八月一四日付をもつて補助金一億六、一八九万六、〇〇〇円の交付申請をなし、同局長は同月二八日、右同額の交付を決定し、また福岡県知事は、昭和五〇年二月一三日付をもつて右補助金につき三、四〇四万五、〇〇〇円の追加交付の申請をなし、同局長は、同年三月六日右交付決定額を金一億九、五九四万一、〇〇〇円に変更し、右金員を福岡県に交付した(なお右金員のうち本件経費の補助に係る額は金一億六、五七八万五、〇〇〇円である。)。

一方福岡県知事は、前記規程に基づき被告筑後市長に対し筑後市の昭和四九年度農業委員会経費中国が負担する経費の限度額として金三二〇万六、〇〇〇円(そのうち本件経費に係る額は、金二八三万六、〇〇〇円である。)を内示したので、同被告は、右内示額をもつて筑後市が交付を受けうる限度額と考え、同額につき昭和五〇年二月二〇日付で交付申請をなし、福岡県知事は、同年三月二七日右同金額の交付決定をなし、右金員を筑後市に交付したものである。

2  ところで、原告らは、被告筑後市長において、本件経費のうち金二八三万六、〇〇〇円についてのみ補助金の交付を申請し、残額金一、八三三万九、四〇〇円についての補助金交付申請をしないことが、地方自治法二四二条一項所定の「違法に財産の管理を怠る事実」にあたる旨主張するのでこの点につき検討する。

もし、原告らが主張するように、法令の規定上国が本件経費の全額を負担すべきことが明らかであるとするならば、被告筑後市長が前記本件経費の残額について補助金交付申請をしないことは、それが「財産の管理」に関することかどうかはさておき、その職務を違法に怠るものという余地があるであろう。

しかし、地方財政法一〇条、一一条の規定をうけて農業委員会の経費に対する国の負担を定めた規定である農業委員会等に関する法律二条一項は、「国は、毎年度予算の範囲内において……農業委員会の委員及び職員に要する経費(本件経費)……を負担する。」旨定めているのであつて、右規定からは、国が常に本件経費の全額を負担すべきものとする趣旨を導き出すことは困難である。

かえつて、右規定は、本件経費についての国の負担額は、各年度の国の予算額に応じ、所管行政庁において、諸般の事情を考慮して具体的に決定すべきことを定めたものと解するのが相当である。(ちなみに、昭和五一年法律第六五号により、右条項は「国は、政令で定めるところにより、……本件経費……を負担する。」と改められ、これをうけた農業委員会等に関する法律施行令一条一項は、右法律二条一項の規定による国の負担は「各年度において、農業委員会の委員の手当及び職員の給与費につき、農林水産大臣が、農業委員会の所定の事務の内容及び量等を考慮して定める基準により算定した額に相当する額」についてこれを行う旨を定めている。)

そうであれば、右のような農業委員会等に関する法律の規定の内容が妥当であるか否かの立法論は別として、実定法上は、被告筑後市長としては結局のところ国及び県の所管行政庁により決定された額につき補助金の交付を受けるほかはないのであるし、またその交付手続についても前記のとおり諸規程が定められ、これに基づいて統一的に処理がなされているのであるから、昭和四九年度の筑後市の本件経費につき前示のような経緯で具体的な国の負担額が定められて被告筑後市長に内示された以上、同被告が所定の手続に従い右内示された額について補助金交付申請をなしたことに何ら違法の廉はなく、また残額につき補助金交付申請をしないことをもつて同被告が筑後市長としての職責を違法に怠つているものといいえないことは明らかである。

それゆえ、本件補助金交付申請にかかる行為が地方自治法二四二条一項に規定する「財産の管理」に関するものであるか否かを論じるまでもなく、原告らの被告筑後市長に対する怠る事実の違法確認の請求は失当といわざるをえない。

二  被告国に対する請求について

この請求は、いずれも地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「普通地方公共団体に代位して行う……怠る事実に係る相手方に対する……請求」であるところ、右条項による代位請求をなすためには、その前提として財産の管理を怠る事実が存しなければならないことは、右規定の文言自体からして明らかであるが、本件においては、既に述べたように被告筑後市長にかかる怠る事実が認められないのであるから、原告らの被告国に対する請求もその前提を欠き理由がないというべきである。

三  結論

以上のとおりであつて原告らの本訴請求は、いずれも理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫 寺尾洋 長谷川憲一)

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